ぽンすけ。ブログ

主に闘病記。タイトル【欠陥品】は病気の発症とされる時期(生い立ち)について。毎月末に【月詠み】として1ヶ月の軌跡をまとめています。他は思ったこと、言えないこと、言いきれない想いを綴ってます/⚠閲覧は自己責任

欠陥品⑤/失望

私の日常が音楽に染まっていくなか、
兄は中学生になっていた。

様々な苦悩はあったのは、この際割愛する。

第一の事件が発生したのは私が小5。
兄が中1の時である。

当時、私のなかで小さな疑問が生まれていた。

『なぜ我が家には、兄しかいないのか?』

そんな疑問を当時の担任の先生との交換日記
(先生の意向でクラス全員が提出するもの)で、
打ち明けたことがキッカケになった。

家庭訪問も面談も全て、母がいなくなってから
断り続けていたのだが、その瞬間から変わった。


母が学校に呼び出されたのだ。



母が出ていってから、毎日の生存確認の電話と
1週間に1回程度、玄関に置いてある食料の受け渡しくらいしか母との接点がなかった暮らしだったのだが。


ある日、母に私は呼び出された。


車の中という密室の中で、久々に殴られた。


『余計なことを話すな。言うな。やるな。』


思い出した。母はこういう人だったのだ。

自分を責めた。怒らせてしまった。そう思った。



それからの私は、同級生や先生との
必要以上の関わりを消した。

昼休み、欠かさず男子に混じってドッヂボールや
サッカーやらをやっていた私は、
その日を境に音楽室に籠るようになった。
ピアノを弾いて、歌を唄う。


放課後の音楽団の練習まで、ひたすら耐えた。


それだけは失いたくなかった。



音楽団の先生に『リズム隊が曲の要』と教わった。
ひたすら練習する私に、その先生は
グロッケンのソロパートを任せてくれた。


『サウンド オブ ミュージック』の中の一曲、

エーデルワイス


先生と私だけの呼吸と音を合わせて奏でる。
曲と曲の間の一節。それまで響いていた金管楽器
一斉に楽器を下ろし、私の音だけ聴く瞬間。

そしてまた私の音に重なるように
他の楽器たちが謳い出す。


音楽にだけ支配されるこの時間に癒され、
嫌なことを忘れられた唯一の居場所だった。




――そんな頃、兄は中学生になり

虐められていた。

よくありがちな、イジメだ。


そんなことを知る術もない私は、
音楽のことだけを考えて生きていた。


そして、第二の事件が起きる。


私が小6、兄が中2の頃。



音楽団を引退した私は空っぽだった。


『居場所がなくなった』そう思っていた。


音楽室に籠る日々だけが続いていた。


そんなある日、帰宅し宿題をしていた私に
兄は突然言い出した。


『どうしたら親を殺せるか、一緒に考えろ』


なぜ?


私は思った。
物静かで、なんとなく勉強も出来る兄。
争うことは好まないような兄が。


見たこともない、恐ろしい顔を私に向けた。


私は無視して、音楽を聴きながら宿題を再開した。


そのとき。



兄は私の後頭部を狙ってシャーペンを投げてきた。

痛みで顔を上げると、

今度は筆箱。教科書。TVのリモコン。


いろんなものが飛んできた。


避けきれず、ほとんどが命中した私は怒った。

すると兄は言った。



『まずはお前から死ねよ』



そう言われ気づいたら、兄に首を絞められていた。


攻防戦の始まりだった。

床を転がりながら抵抗する私。
勝てるわけもなく、私はただ泣き叫んだ。


ようやく、兄が手を離す。


私は今までの辛さや迷いや孤独を兄にぶつけた。


『じゃ、死ねば?』


兄は顔色1つ変えずそう言った。


私は2階のベランダの柵に足をかけた。


家の前は道路、屋根を転がったとすれば
そのまま道路に落下。



私は止めてほしかった。
兄に謝ってほしかった。


でも、そんな願いは届かなかった。


『早く。死ね』


兄に背中を押された。


私は柵から落ちた。


屋根を転がり、落ちる瞬間に止まった。


屋根の上ギリギリのところで私は
しばらくその場で静かに泣いた。



『私は1人だ。』
『家族なんてものは私にはない。』

『私は誰にも必要とされてないんだ』



全てを悟り、唯一の兄に殺されかけた私は

『怒られず、殴られないように生きるしかない』
そう思った。

無駄な抵抗も意味がないと実感したのだ。



誰にも頼らず、信じず。

自分を守る方法がそれ以外に浮かばなかった。



それからも兄からの暴力は続き、
兄は家の壁を殴ったりもしていた。


そんな兄を冷めた目で私は見ていた。

泣くこともせず。抵抗することもなく。


ただ、時間が過ぎるのを待っていた。



――母が異変に気づくその日までは。